PEPA History
ペパ ヒストリー

#11 アジア、ヨーロッパへの旅

結局、1995年12月31日で、16年間路面店として営業したペパカフェは閉める事になりました。12月中は友達が毎日ペパカフェに飲みに来て、ほとんど毎日朝まで飲んでいました。僕は飲みすぎで食道の血管が切れて吐血してしまい、入院する羽目になってしまったほどです。でも12月31日には仮退院させてもらって、牛乳で乾杯をしました。長い間、いろんな思い出をありがとう!ペパカフェよ、お疲れさんでした。1年後に地下でリニューアルする時はまた頼むぜ!

ペパカフェ最後の日は感傷的になりました。朝までみんなと店で過ごし、井の頭公園で初日の出を拝んで帰って。そして96年の1月10日にはブルドーザーが入り、ペパカフェを跡形もなく壊してしまいました。 ここにビルが建つのは1年後です。その1年間を僕は旅行に費やす事に決め、半年間は日本国内を旅行して、5月から1ヶ月間は知り合いの中華料理屋の店長を引き受けました。

この店はスタッフのほとんどが中国本土から来た人達で、調理場の人は日本語が出来ませんでした。そこで大昔に勉強した北京語の単語を並べて、コミュニケーションを取ったのです。1ヶ月だけの引継ぎの店長だったのだけど、これも良い勉強でした。そしてそれから約5ヶ月間の旅行に出発しました。

バリのウブドでインテリアのオーダー

旅行中は、新しい店の内装デザインを考えながらいろんな国のいろんな店を見て回りました。そして店のイメージを沸かせながら、バリ島はウブドのバンブーファクトリーで、竹製の椅子とテーブル、シャンデリア、トレードマークであるヤモリの石像などをオーダーしました。それからは、香港、マカオ、タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシア、イギリス、フランス、スペイン、イタリアを、タイを拠点にしながら約5ヶ月間旅したのです。この旅行は、新しいペパカフェの内装デザインや家具のオーダーをするのに本当に役立った、有意義な旅行でした。特にロンドンやバルセロナの新鋭デザイナー達の作るクラブやBARは刺激的で、僕はスペインがとても気に入りました。

スペインは、人もいいしワインも安くて美味しかった。バルセロナに残るガウディの作品は素晴らしかった。サグラダ・ファミリアには圧倒されて、しばらく見とれてしまいました。グエル公園のモザイクも美しかった。これも新しいペパカフェに取り入れよう!と、その場でデザインの一つに決めました。

全ての国で一番若者に人気のある店を見て回りました。調べ方は簡単、お洒落な服屋さんの店の子に聞けば良いんです。「この町で今一番人気のある、遊び人の集まる店を教えてよ!」親切に教えてもらってその夜に遊びに行くと、教えてくれたその子と友達が来ていました。もう友達です。この店では日本人が珍しいのか、常連のホルヘンが友達を皆紹介してくれました。ここで知り合った皆と、毎晩の様にクラブやディスコをはしごして朝まで飲んでいました。

この時から僕の中では、新しいペパカフェのBARカウンターはこの店のカウンターをヒントに作ろうというアイディアが浮かんでいました。