PEPA History
ペパ ヒストリー

#10 立ち退き勧告

1980年10月に、井の頭公園に通じる、車の通らないのんびりとした道である七井橋道りに店を出して、試行錯誤しながらも何とかやってきたペパカフェにようやく常連さんやフリーのお客さんが付き始めた1995年頃、前の大家さんから権利を引き継いだ新しい大家さんから、一通の手紙が届きました。それは「ここにビルを建てるので、年末の12月までに出て行くこと」というような内容の手紙で、あまりに突然の出来事に、その時はどうしたらいいのか分かりませんでした。ペパカフェのあった成宮荘は木造の古い建物で、1階に5件のお店、2階には4畳半一間のアパートがあり、確かに古いけど情緒があって、七井橋道りにとてもマッチした建物でした。

テナントを入れたマンションビルを作るのを見込んでこの土地の権利を買った新しい大家さんとしては、今入っているテナントに出て行ってもらって、新しいテナントを募集したかったのです。そして、この事を知ったペパカフェのお客さん達が「ペパカフェの存続を求めて署名しよう!」とノートに署名を書いてくれました。こうして、東京地方裁判所で大家さんと調停を行う事になったのです。弁護士の先生と毎月1回裁判所で話し合いを持ちました。これは父と祖母が無くなったときに次ぐ、大きな精神的にストレスでした。調停の前になると、不安で胃が痛くなったものです。それでも僕はペパカフェを続けたかったから、必死でした。

その後、最終的には2500名分の署名が集まり、それを裁判所に提出して調停を進めた結果、3件が出て行くことになり、むげん堂とペパカフェが1階に入れることになりました。そして図面で新しいお店の場所も決まり、契約のリミットの12月に向けて家賃の交渉を進めていました。ところが10月末になって、大家さんが急に「今までの事は白紙に戻して、おたくは地下のテナントに入ってもらう」と、全く違う図面を持ってきたのです。どうやら、1階には大手のマクドナルドを入れたかったらしく、せっかく決まった話が土壇場で白紙に戻ってしまったのでした。ひどい!

僕らの事など何も考えていなかったのです。今までの話し合いは何だったの!?これはつまり、出て行くか地下に入るかどちらかにしろということでした。1階でやっていた頃のあの開放感は地下では難しい。地下だと昼間の営業は諦めた方がいいだろう。やってもお客さんが入らないだろう。僕自体が昼は地下の店でランチを食べたくない。本当にこの件には腹が立ちました。あの場所は僕らが16年も商売をしてきた場所だったのだが、しかし今は新しい大家のもので、僕らは弱い立場なのです。

こうして、あそこから出て行きたくないので泣く泣く地下に入るという条件で契約をせざる得ませんでした。今でも、1階の場所に未練がないと言ったらウソになります。でも新しいペパカフェは地下に決まったのです。

地下でも、昔のペパカフェみたいな開放感のある店作りを目指してがんばろう!そして、前向きに、いつかまた1階で昔のペパカフェのような店をやる夢をもっていよう。